肉がパサつく原因とその対策として使用するブライン液の効果を解説します。
はじめに
肉を焼いたときにパサつくことはありませんか。特に鶏むね肉は調理が難しく、加熱するとすぐにパッサパサになってしまいます。
その対策として塩水に浸すことがよく行われています。塩水処理やブライニングなんて呼ばれ効果は絶大でパッサパサになりやすい鶏むね肉がしっとりして食べやすくなります。
鶏むね肉に限らず色々な種類、部位にも効果があり、例えば牛のステーキを硬めに焼いてもパサつきにくいものです。
今回は塩水処理の理屈を解説します。
加熱で肉の水分が抜ける理由
まず、核心に迫る前に加熱をすると肉がどうしてパサつくのかという話です。
食肉はほとんどが筋肉で筋肉はタンパク質からできています。タンパク質は加熱すると変性して収縮します。このとき、内部に抱えていた水分が外に押し出されます。例えばハンバーグで真ん中を押してくぼみをつけて焼いたのにいつの間にか丸くなっていた、というのは肉のタンパク質が加熱によって収縮したためです。他にも焼肉なんかで肉が縮む様子は目視できると思います。
水分が抜けた肉は、食味が落ちパサつくというのは経験あるでしょう。鶏むね肉なんかは、特に顕著に見られます。
食塩水で水分が保てる理由
端的に言うと、タンパク質が食塩水に溶けるためです。次表に肉に含まれるタンパク質や特徴をまとめます。
種類 | 役割 | 含有量 (%) | 特徴 |
筋原繊維タンパク質 | 筋肉の伸縮、収縮 | 約50 | 水に不溶、食塩水に溶解 |
筋形質タンパク質 | 酵素や細胞内タンパク質 | 約30 | 水溶性 |
肉基質タンパク質 | スジ | 約20 | 長時間加熱により可溶化 |
肉に含まれるタンパク質のうち、最も多いのは筋原線維タンパク質です。このタンパク質は、最も含有量が多い上、水には溶けません。一方で食塩水に溶解するのが特徴です。
食塩水に浸すことは、筋原線維タンパク質を溶解させます。溶解するとタンパク質の立体構造は変わり、熱変性による収縮をしにくくなります。また、溶解したことにより、タンパク質の周囲には多くの水を抱えることができます。このあたりがしっとりする理由です。
ブライン液の使い方
シンプルなのは、海水に肉を一晩浸すというレシピです。海水の塩濃度は3%程度。
肉内部にイオン化したナトリウム、塩化物イオンが拡散していきます。拡散はゆっくりなので気長み待ちましょう。
どうしても急ぐ場合は1時間浸漬するだけでも効果はかなりあります。カットした場合は1時間でもOKです。
おわりに
肉をしっとりさせるのにブライン液と呼ばれる食塩水を使用する技法があります。これは筋原線維タンパク質が食塩水に溶解する現象を利用したものです。
この方法を用いればパサつきやすい鶏胸肉でもしっとりさせることができます。
ただし、食材がしょっぱくなりすぎないように注意が必要です。
参考文献
Japan Journal of Food Engineering, Vol,12(2011), 19-26
生物工学, Vol.93(2015), 260-263
食品・化粧品・医療分野へのゲルの利用 p90-95
ミートジャーナル, 1994.11 新版
料理学, 1994, p72-73
コメント
コメント一覧 (13件)
浸透圧と拡散を勉強させて頂きました。
一つ疑問が起こります。
鶏肉は、肉の周りに膜(半透膜?)が貼られているのは目視でも確認できるのですが。
鶏肉をブライン液に漬け込むと、なぜ浸透圧が起きるのではなく、拡散が起こるのでしょうか?
それは、鶏肉の塩分がブライン液よりも濃度が濃いということであれば納得できるのですが、
鶏肉の塩分濃度はブライン液よりも低い筈です。
また、刺し身用の柵に塩を振って、臭みや水分を出すことは浸透圧と理解しています。
しかし、この刺し身の柵に半透膜があるのかどうかは、把握しておりません。
見た目には膜はないので、浸透圧では無いと思うのですが、たしかに水分は抜けます。
この場合は、拡散はしません。
大変お手数ですが、上記の鶏肉と、刺し身用の切り身(柵)のレクチャーをして頂ければ幸いです。
宜しくお願いいたします。
まず、前提として半透膜は細胞膜ということでお願いします。
鶏肉について
食材の表面を隙間なく半透膜が埋めているわけではありません。短時間では細胞同士の隙間から内部に拡散していきます。
刺身について
柵に塩を振った場合、水が浮いてきてすぐにふき取って調理していませんか?
鶏肉と同じような処理をすれば同じように塩が内部に拡散していきます。
解答有難うございました。
鶏肉については、拡散されているが浸透圧も同時に行われているという認識をいたしました。
刺し身柵については、浸透圧ではなく単に塩の効果で水がでている。時間をかければ拡散にする。
理解できました。お手数おかけ致しました。
すみません、横から失礼します。こちらに書くべき内容でなかったらすみません。燻製について調べる中で、こちらにたどり着きました。料理をする人の感覚的な言葉で学ものもあるのですが、溶液科学という分野をわかりやすく書いていただきありがとうございます。
質問です。ベーコンの下処理で最初にお酒に漬ける工程を見ることがあります。殺菌と臭み消しという話の他に、その後の味の浸透を早める効果があると聞きました。そのメカニズムがわからないのです。効果があるかどうかと、もし効果があるとしたらメカニズム、説明いただければと思います。
そして、フォークでぶすぶす穴を開ける件も、浸透膜レベルとは全く違った「染み込む」効果が大きいのかどうか、教えていただけませんか?
よろしくお願いします。
ズマノさん、コメントありがとうございます。
アルコールを入れることについて、私の知見はありません。初めて聞くくらいの謎理屈です。
https://chefcreate.jp/alcohol-nikuzure-shimikomi-6322
これは煮る操作ですが、ベーコンの漬ける工程も同じで効果はないと思われます。
フォークで穴をあけると表面積が増えますよね。それだけです。
早速の返信、ありがとうございました。
煮る操作について、見させて頂きました。様々な実験結果の公開、本当にありがとうございます。
友人の料理人が「水を酒にするととにかく美味くなる」と言っていました。
コクが増す、という話なのかもしれませんね。
ベーコンを漬ける工程で、少なくとも「(ソミュール液の)味を染み込ませる優位を狙っての酒に漬ける合理性は無い」という教訓を頂きました。「肉の臭みを取る」という言葉にどれだけ対応すれば良いか、検討してみて酒に漬ける工程を省く選択をするかと思います。
ぷすぷす穴を開けると表面積が増えます。染み込んで美味しくなるのかもしれませんね。
本当に楽しいやり取りができて嬉しく思います。
ありがとうございました。
水を酒にすると美味しくなるはありそうですね。
蒸留酒でなければうま味の塊みたいなもんですし。
美味しいベーコン仕込み楽しんでくださいね。
お礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。また、あけましておめでとうございます。
「コラーゲンの間に、粒子の小さなアルコールが入り込んで隙間を大きくするために、液の浸透が進む」という説明がありました。重ねてしまいましたが無視していこうと思います。
ソミュール液を、水ではなく調理用白ワインで煮込んで作っています。旨味の塊、効果期待しています。
丁寧な返答、ありがとうございます。
ズマノさん、あけましておめでとうございます。
アルコールの方が大きい分子なのでそのようなことはないと思います。
文献でもそれらしいのはすぐに見つかりませんでした。煮凝りでもゲル化を阻害するのでもっともらしく言ってるだけなのでは。
ありがとうございます、流石ですね。
「アルコール 分子 大きさ コラーゲン 構造」でググって僕なら一時間かかるところが一瞬で解決です。「煮凝り ゲル化」は自分で勉強してみます。
楽しいので重ねて相談です。お付き合いいただけると嬉しいです。
味付けをする塩を直接刷り込むか、液で漬けるか。僕は雑菌を恐れて空気に触れる時間を減らすために液でつけています。
大抵のレシピ(直接でも液でも)で「肉の重量の3〜4%」とあるのですが、全部染み込むわけもないので、「液の塩分濃度が何パーセント」の方が重要じゃないかと予測していたりします。浸透圧と無関係に「染み込む」のなら、塩分濃度の問題ではなく、やはり肉の重量比率で味が決まるんでしょうか。それとも(濃度はあまり関係なく)漬け込む時間だけが関係するのでしょうか。
漬け込んだ後に、表面の塩気が濃い部分と奥の薄い部分を慣らすために「塩抜き」というのをやる工程があります。濃いものでつければ、奥と表面の差が大きくなり、薄いものなら差は小さくなる。と、なんとなく予想していますが、実験すらしていなく理屈もわかっていません。
あとでさんがもし、何かご存知でしたら、アドバイスお願いします。
直接塩を刷り込む場合でも、一度肉の水分で解けてから入っていきますよね。
肉表面は飽和に近い塩濃度になるので防腐性がそこそこ出ると思いますよ。
一般的に濃度差が大きいほど物質は拡散しやすくなります。
考案者がこういうのを狙ってやってるのかわかりません。
食塩なら導電率計を使えばある程度実験できると思います。
あと、浸透圧って水だけを移動させるような話なんですけど、なんで塩がはいいていくんでしょうか。
いつもありがとうございます。
ちょっとだけググってみました。
『「煮こごり」の特徴である滑らかな口当たりは,肉基質たんぱく質であるコラーゲンの3重螺旋構造がほどけたゼラチンのゲル化 によるところが大きいといわれ,そのおいしさはゲルのテクスチャーと煮汁に溶出したうま味成分との複合効果によると推察される。 』
深い話ですね。このゲル化をアルコールは阻害するのですね。勉強になります。
「一般的に濃度差が大きいほど物質は拡散しやすくなります。」はこの場合、
「表面は飽和に近い塩分濃度の水分で覆われることになるので、菌の発生を抑えられるしまた、濃度差が大きいほど染み込む(拡散する)ので(直接刷り込むことにも優位はあるのではないか)」と理解すればよいでしょうか。
導電率計、結構高価なものですね。これで周囲と中心測れば正確な塩抜きはできそうですが、「端っこを切り取って焼いて食べてみる」も捨てがたい工程です。機械を使えばバリエーションの正確な実験はできるのでしょうね。
「浸透圧は水だけ」は理解しているつもりですが、拡散と混ざりがちですね。大きな分子のアルコールが五臓六腑に染み渡るみたいな言葉の刷り込みをゼロにして学べるよう気をつけます。
その理解でいいと思います。
導電率計は中華製なら1000円くらいですよ。