はじめに
焼き芋って美味しいですよね。糖が焦げたような芳ばしい香りに自然な甘さ、ホクホク感。あと腹持ちがよかったり、冬のおやつに最適です。
焼き芋の美味しい焼き方は、低温でじっくり焼くと美味しくなると言われ、サツマイモに含まれるアミラーゼが失活しない温度域をゆっくりと通過させると良い、と解説されます。
実際に焼き芋屋さんがじっくり焼いたと言われる芋はすごく美味しくって、家で再現しようと考えても中々うまくいきません。
そこで、おうちで美味しい焼き芋を焼くために、芋を焼くプロセスにどういった条件や変化が起こっているのか整理してみようと思います。
通説、焼き芋を甘くするコツ
焼き芋を甘くて美味しく仕上げるには、低温でじっくり焼くことが重要です。なぜなら、サツマイモに含まれるβ-アミラーゼがデンプンを分解してマルトース(麦芽糖)という甘味を生成するからです。これは酵素反応なので酵素が失活しない70℃前後をゆっくりと通過させる必要があります。
といった解説がされています。
これにならって低温調理をするとどうなるのか試した方は結構おられるんじゃないでしょうか。実際に低温調理で60-70℃くらいで保持してから焼いてもパッサパサになってしまってちっとも美味しくなかったりします。
これは、ペクチンが硬化してしまったためと思われます。
低温調理と通常の焼き方を組み合わせるのは微妙で、アミラーゼによる糖化以外にも色々な条件が見え隠れすることが分かります。
焼き芋を焼く工程に隠れている条件
焼き芋は芋を焼くだけの簡単な工程で仕上がる食べ物です。デンプンがアミラーゼによって分解されることばかりに着目されますが、他にも変化が起こっています。考えられる主な要因は3つあります。
まず、デンプンの糊化です。
デンプンは生芋の状態では結晶化された状態となっていてこのまま食べることはできません。デンプンは水分と一緒に加熱することで可溶化して食べられる形態へと変化します。これが糊化と呼ばれる現象になります。
アミラーゼによる酵素反応も糊化していないとあまり進まないので、デンプンを糊化させるのが美味しい焼き芋を焼く必須条件のひとつとなります。
糊化は一定の温度になれば瞬時に終わるものではなく、温度と時間によって変わります。品種にもよりますが、糊化は65℃前後からはじまります。しかし、温度が低いとデンプンが糊化するまでに時間がかかり、例えば78℃で1時間、90℃で30分といった報告があります。
もうひとつは、先ほど挙げたペクチンの軟化という現象です。
野菜や果物などの細胞質等にペクチンと呼ばれる多糖類が含まれています。ジャムづくりをする方はよくご存じかと思いますが、ペクチンは熱と酸と水があると軟化して可溶化します。しかし、70-75℃の幅のある温度域よりも低い温度では、逆に硬化してしまいます。また、一度硬化したら再び軟化させるのは難しいといったものです。
低温調理をした芋が硬くなるというのはこのペクチンの硬化によるものと考えられます。
さいごに水分量です。
当たり前なんですけど、焼くと水分が抜けます。一方で甘味やうま味といった味覚成分は揮発しないので残存します。単純に味が濃くなるわけです。ただし、温度や時間をうまくコントロールしないと焦げたり干芋のようになってしまうので、適度に水分は抜く必要があります。
以上を踏まえて美味しい焼き芋を焼く条件をまとめると、ペクチンの硬化が起こる温度域を素早く通過させて糊化した後、β-アミラーゼによってデンプンを分解させ適度に水分を抜くことが理屈上求められます。
低温でじっくり焼く意味
低温でじっくり焼いて甘くなった焼き芋はいかがでしょうか。
売り文句としては美味しい感じが目に浮かんで最適といえます。じゃあこれって根拠があるのかといわれると、ちょっと微妙かなと思います。
低温でじっくり焼くという言葉は、おそらく温度勾配が緩やかな状態(徐々に温度を上げる)です。
アミラーゼの働く温度域をゆっくり通過させデンプンの分解反応をじっくり進めてやれば甘くなると考えられます。しかし、アミラーゼによる糖化は文献値によると、65℃で10分もすれば酵素反応は終わると報告されます。
焼きあがった芋を想像してもらえるとわかりますが、芋は固体で液体のように中身の物質が自由に移動できません。酵素反応が無限に続くわけではなく、酵素の周りにあるデンプンを消費したらそこで反応は終わりと考えられます。また、糖分は水に溶けると粘性が高くなるため、酵素が芋内部を自由に拡散しながら色々なところで分解反応が進むとも考えにくいものです。
過度に温度勾配を緩やかにしたり、低温で長時間保温したりせずとも通常の焼き芋のような加熱で十分にデンプンの糖化は進むと考えられます。
糖分の甘味について
ここまでは芋の変化を追っかけましたが、糖の性質の話もあわせてします。
焼き芋に含まれる糖の大部分は、生の芋に含まれるスクロース(ショ糖)と焼いたときに生成したマルトース(マルトース)です。これらの糖には温度によって感じる甘味が大きく変わらないという特徴があります。
果物は常温よりも冷やしたほうが美味しかったり、溶けたアイスが甘ったるかったりするのは温度によって感じる甘さが変わるためです。
焼き芋に含まれるスクロースやマルトースといった糖は温度の影響を受けにくく、焼き立てから冷やし焼き芋まで変わらぬ甘さを楽しめます。
用いる芋の条件
使用する芋はどんなものがいいと思いますか。
芋は掘りたての鮮度がいいものではなく、しばらく貯蔵した物が良いと言われています。詳しい原理まではちょっとわかりませんが、業界では経験的に貯蔵した物の方が甘く美味しくなることが知られています。貯蔵温度は、13-15℃の温度域で貯蔵すると甘くなるといわれており、特許として公開されています。
自分の家でこれをするのは難しいので、サツマイモの収穫される秋に販売されているものを避け、年末や年明けに売られているものを買えば間違いはないと思います。
あと、品種も大事です。糊化する温度が低かったりアミラーゼ自体が比較的高温まで働く等々あるので、目指す焼き芋に合った品種を選びましょう。
ホクホクで昔ながらの芋なら紅あずま。対局に滑らかで甘いものならシルクスウィート、ねっとり甘いなら安納芋や紅はるかといった具合です。
個人的には「紅はるか」が甘くねっとりして美味しいかなーと思います。バランスがいいですね。
おわりに
長くなりましたが、美味しい焼き芋を焼く条件を整理します。
- β-アミラーゼは糊化したデンプンを分解する
- β-アミラーゼは65℃では10分程度で分解反応を終える
- 糊化は78℃、1時間の加熱でほとんど終える
- ペクチンの硬化は60-75℃の幅で進行する
- 硬化したペクチンは軟化しない
- ペクチンの硬化を抑えるため、糊化する温度まで素早く上げる必要がある
- 適度に水分を抜く
- 収穫後、1ヵ月以上貯蔵した芋を使う
- 甘味のほとんどは、生芋のショ糖と加熱後に生成したマルトース(麦芽糖)
この辺を加味して美味しくなる加熱条件を見つける必要があるようです。今回は一旦ここまでにして、実際のデータや焼き方は別記事にします。
参考資料
園田学園女子大学論文集, Vol.29, No.12(1994), 329-337
家政学雑誌, Vol.27, No.6(1976), 418-422
日本食品科学工学会誌, Vol.61, No.12(2014), 577-585
焼き芋小百科, 20-29
酪協, Vol.102, No.12(2011), 818-825
化学と教育, Vol.67, No.7(2019), 318-319
コメント
コメント一覧 (2件)
とても焼き芋が化学的に解明されていて、分かりやすかったです。色々なことがお芋の中で起きていて、驚きました。
質問なのですが、具体的にどのように焼いておられるのでしょうか。教えていただけるとありがたいです。
魚群さん、こんばんは。
サムネイルのサンプルは120℃で100分焼いた後、180℃で1時間焼いています。
まだ検証中の条件もあるのできっちり固まっているわけではないです。
ただ、石の中で焼いたり、ストーブの上で焼いても美味しくなることから、
焼く条件に凝らなくてもいいのかなと考えています。