あなたがスプレーで吹きかけようとしてる液体は本当に次亜塩素酸水ですか。本当に狙った効果を発揮できますか。何をもってそれを確認しますか。
はじめに
新型コロナウイルスの対応として、アルコールによる除染が行われています。しかし、莫大な需要があるため品薄で入手は困難です。
そんな中、次亜塩素酸水というものが注目を集めています。
なんでも中性なので低刺激、反応性が高く、残留しないので安全とのこと。一部の市や商工会が無料配布を始めており、コロナの救世主なんて言う人もいるくらいです。
今回は、技術者の視点でどんなものなのか解説します。
次亜塩素酸と次亜塩素酸ナトリウムの違い
次亜塩素酸はHClO、次亜塩素酸ナトリウムはNaClOです。
パッと見ると違う物質に見えますが、水溶液中では同じとなります。
よくある話なのですが、水溶液中に溶けている物質はpHや濃度によって存在形態を変えることがあります。
次亜塩素酸も同様です。アルカリ性では電気的に解離して次亜塩素酸イオン、中性では電気的に中性な次亜塩素酸、酸性では塩素となります。存在比率は次の図の通りとなります。
出典:調理食品と技術, Vol.16, No10(2010), 1-14
次亜塩素酸のナトリウムは?と不思議に思う方もいるかと思いますが、ハイター等に含まれる次亜塩素酸は水溶液中ではナトリウムイオンと次亜塩素酸イオンに解離します。酸、例えば塩酸で中和すれば中性になり次亜塩素酸になります。
よくハイターと次亜塩素酸水は違います!って見ますが、ハイターを薄めて中和したものと違いはありません。
違いはpHによって次亜塩素酸イオンか次亜塩素酸の違いですが、これが殺菌性能に影響します。
微生物に対して次亜塩素酸イオンの場合、電気的な反発により細胞膜を透過できません。一方で中性の次亜塩素酸は細胞膜を透過して内部を攻撃するため殺菌性能が高いと考えられます。
電気的に中性な次亜塩素酸は殺菌性能が高いという大きなメリットがあると言えるでしょう。
反応性
メーカーの資料によると、反応性が高いことが示されています。次亜塩素酸ナトリウムの10倍程度の反応性があるとか。
一般的に反応性が高い物質は扱いが難しく、目的の物質だけを酸化することはなく、ありとあらゆる物を攻撃します。特に次亜塩素酸は有機物をすぐに酸化する特徴があります。
従って扱うのは難しそうだなという印象を受けます。
これはどういうことかと言うと、例えば市役所で配布していた物を受け取るとき、ボトルの内部が汚れていたら次亜塩素酸を消費して次亜塩素酸濃度が低下していきます。
殺菌やウイルスの不活化は、高濃度で接触時間を長くする程効果が高いものです。
濃度の低下した次亜塩素酸水は、期待される効果を発揮できません。
安定性
次亜塩素酸の安定性はあまり高くありません。
光や微量の有機物に弱く、すぐに分解してしまいます。
一番身近な次亜塩素酸を含む液体は水道水です。残留塩素として存在しており、一晩汲み置きするだけで分解して失活してしまうのは広く知られている事実です。
次亜塩素酸水を生成する機器は、製造メーカーや団体が汲み置きを使いわないことやかけ流しで利用することを推奨しています。また、医療従事者向けの手洗いも1.2L以上で30秒以上の手洗いが求められていることから、ある程度量がないといけないと考えられます。
残留しないという利点も違った切り口から見ると、ちょっと微妙かもねと思えるところです。
使うべきか
ここまで書くと、使うべきでないという結論になってしまいます。まぁ、自分で調べて書いてみると、使うべきでないと思います。
実際にスプレーに入れてマスクに吹きかけるだけで本当にウイルスを不活化できているか不明です。なぜなら、マスクに付着しているのはウイルスだけでなく、皮膚や唾液に含まれる有機物も含まれます。
スプレーでシュッシュとかけた量は微量なため、次亜塩素酸の絶対量が足りない恐れがあります。
自分だったら濃度管理もできないものを使うくらいなら、ハイターを薄めて使います。理由は簡単で、既存の殺菌方法で今までにトラブルがないためです。
新技術や新製品は思わぬ落とし穴があるので非常時は過去に実績のある物を使いましょう。
次亜塩素酸水を使う場合の注意点
次亜塩素酸水は、アルカリ性でないため低刺激ですが、反応性が高く安定性が低いといった特徴があります。
従って、量を確保してかけ流しする現場以外での使用は難しいと考えられます。どうしても使いたい場合は、濃度を確認しながら使いましょう。
おわりに
次亜塩素酸水は、低刺激、高い反応性、残留しないなど、メリットのみがあげられています。しかし、安定性が低く、扱いが難しいため、一般家庭で使用するのは難しいと考えられます。
ましてや濃度管理の必要な液体を測定せずに使用するって恐怖でしかないなと思います。
マスクを除染するなら洗濯してアイロンをかけたりすればいいわけで、薬品を用いる必要はありません。
緊急事態ではありますが、一度立ち止まって本当に使用して良いものか考えてみましょう。
参考資料
調理食品と技術, Vol.16, No10(2010), 1-14
日本防菌防黴学会誌, Vol.44, No.12(2016), 637-642
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