水道水を煮沸させるとアルカリ性になる理由

目次

はじめに

水道水を煮沸し続けるとアルカリ性に傾くという話を聞いたことはありませんか。

ネットで検索すると、自由研究のネタで色々な液体のpHを測定したところ、沸騰させた水のpHがアルカリ性になるという話は出てきます。また、最近だと某調理器具の開発チームがnoteで分析して迷宮入りしていました。

不思議に思われるかもしれませんが、pHがアルカリ側になるのは遊離炭酸を除去した結果、水酸化物イオンが生成したためです。平衡反応の話なのでしっかりやると計算がゴリゴリ出てきて見るだけでもぐったりしてしまいます。今回はそうならないようにあまり数式を使わずに定性的な解説をします。

水の中に溶けている二酸化炭素

多くの方は大気中の二酸化炭素が溶けていると思われているのではないでしょうか。ざっくり計算すると、大気中の二酸化炭素が水と平衡になるとpHは5.6です。これから推算すると、0.5mg/L程度の濃度になります。思っていたよりも多かったでしょうか、少なかったでしょうか。

水道水などの精製していない水には、炭酸塩由来の炭酸イオンや重炭酸イオン、遊離炭酸が溶けています。炭酸塩は多くが炭酸マグネシウムや炭酸カルシウムといった硬度成分が溶けた物です。一般的な水道水は軟水で硬度が50程度で二酸化炭素のイオンとして30mg/L程が溶けています。大気由来と比較するといかに多いかわかると思います。

水に溶けた二酸化炭素はpHによって存在形態を変えます。具体的には次の図のようになります。

腐食センター 資料より抜粋

pHと二酸化炭素の存在形態の関係はこのようになっています。酸性側では遊離炭酸(気体の二酸化炭素)が支配的、中性では重炭酸が支配的、アルカリ側では炭酸イオンが支配的となります。

水道水は蛇口から出したもののpHを測ると、7.5前後の数字を示します。従って、大部分の二酸化炭素は重炭酸イオンとして存在していると言えます。

遊離炭酸を除去する方法

除去方法はいくつかありますが、もっともシンプルで簡単なのが曝気(水槽のブクブクのようなもの)する方法です。今回は遊離炭酸(二酸化炭素)を除去したいので、二酸化炭素を含まない気体で曝気してあげれば遊離炭酸は除去できます。

文献では、水道水に窒素や二酸化炭素を除去した空気を用いて曝気した経時変化が報告されています。

材料と環境, Vol.60(2011), 120-122より

曝気を開始するとすぐにpHが上がり始め、開始から24時間も経過すると変化は緩やかになります。急激な変化に見えるのは、グラフが対数表記であるためです。アルカリに傾く速度が一定と仮定すると、このような変化になるのが一般的です。

また、pHがアルカリ側に傾くと、二酸化炭素は炭酸イオンという二価の陰イオンとなり、二価の陽イオンのカルシウムやマグネシウムと電気的な結びつきが強くなるため、pHの変化が鈍化すると考えられます。

このように二酸化炭素を含まない気体で曝気すれば遊離炭酸の除去は進みpHはアルカリ性に傾きます。

遊離炭酸の除去でpHがアルカリ側に傾く理由

pHがアルカリ側に傾くのは、遊離炭酸の除去とOH-(水酸化物イオン)の生成によるものです。

代表的な炭酸塩の炭酸カルシウムを例にあげて解説します。

炭酸カルシウムは水に対して難溶性の物質です。難溶性ではありますが、わずかに溶けます。

水溶液中では解離して電荷を帯びたイオンとして存在します。水道水のpHが中性付近なので解離した炭酸イオンは次のような平衡状態をとります。

多くは重炭酸イオンとして存在して、残りは水素イオンと結合した遊離炭酸として存在します。曝気することで、遊離炭酸が除去されると、ルシャトリエの原理に従い、水素イオンと重炭酸が結合して遊離炭酸を生成する左方向へ反応が進みます。そして、新たな水素イオンとして解離した水の水素イオンを消費します。

解離した水は水素イオンと水酸化物イオンに分かれます。この水素イオンと重炭酸イオンが結合すると、遊離炭酸を生成します。そして、水酸化物イオンが残ります。

これがpHの上昇する原因です。

炭酸カルシウムの炭酸イオンは曝気することで除去され、最終的には水酸化カルシウムになると考えられます。すべての炭酸カルシウムが水酸化カルシウムになるわけではなく、アルカリ側になることで難溶性の炭酸カルシウムの沈殿が生成するはずなのでどこかで安定するはずです。

煮沸してアルカリ性になる理由

これまでは常温の二酸化炭素を含まない気体で曝気した例を説明しました。

煮沸したものと違うじゃないかと思われますが、起こっている現象は同じです。煮沸は水蒸気がボコボコ沸いて出てくるので、二酸化炭素を含まない気体で曝気しているのと同じと言えます。

異なるのは温度が高いため、遊離炭酸を除去しやすい条件になった点です。

水温が上がると気体に溶解度が下がります。水に溶けている気体は、溶けにくい水の中よりも気相へ移動しやすくなります。そこに水蒸気で曝気するわけですから、遊離炭酸は効率的に除去が進みます。

結果的に、常温で何日もかかる反応が数分から数十分で済むというわけです。

ずいぶん遠回りしましたが、次のように整理できます。

・加熱によって気体の溶解度が低下

・水が沸騰して曝気され、遊離炭酸が除去される

・水素イオンを消費して遊離炭酸が生成、除去される

・消費された水素イオンの分だけOH-が増加する

おわりに

水道水の遊離炭酸を除去すると、pHはアルカリに傾きます。これは遊離炭酸が除去されるときに水が解離した水素イオンを消費し、水酸化物イオンが蓄積していくためと考えられます。

和食の出汁取りで水を煮沸させてはいけない理由やコーヒーやお茶で沸かし直した湯で淹れると美味しくないことが経験的に知られているのは、pHがアルカリ側に傾き、これらの調理や操作と相性が悪いためと考えられます。

抽出はお湯を沸かしすぎないように注意しましょう。

参考文献

材料と環境, Vol.60(2011), 120-122

図解入門 よくわかる最新水処理技術の基本と仕組み

トコトンやさしい水処理の本

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